就労定着支援とは?制度の目的から利用方法、企業側のメリットまで徹底解説
導入:なぜ今「就労定着支援」が重要なのか?
近年、障害者雇用促進法の改正などを背景に、企業における障害者の雇用者数は着実に増加しています。しかし、その一方で「採用後の定着」という新たな課題が浮き彫りになってきました。単に雇用機会を提供するだけでなく、障害のある方が安心して長く働き続けられる環境をいかに構築するか。障害者雇用は、まさに「採用」から「定着」の時代へとシフトしています。
この課題をデータで見てみましょう。高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査によると、障害種別によって就職1年後の職場定着率に大きな差があり、特に精神障害者の定着率は他の障害種別に比べて低い水準にとどまっています。これは、就職後の環境変化に伴うストレスや、職場でのコミュニケーション、業務遂行上の課題などが早期離職につながりやすいことを示唆しています。
このような背景から、就職後のサポートに特化した「就労定着支援」の重要性が高まっています。この記事では、就労定着支援の制度概要から具体的な利用方法、企業側のメリットまでを網羅的に解説します。本稿を通じて、障害のある方個人と、受け入れる企業双方が「長く働き続ける」ための課題解決のヒントを得ていただければ幸いです。
第1部:就労定着支援の基本を理解する
就労定着支援とは?
就労定着支援は、2018年4月に新たに創設された、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスの一つです。その主な目的は、一般企業などに就労した障害のある方が、その職場に長く定着し、安定して働き続けられるようにサポートすることにあります。
就労系の障害福祉サービスには、就職に向けた訓練や活動を支援する「就労移行支援」がありますが、両者の役割は明確に異なります。
- 就労移行支援:「就職すること」をゴールとし、職業訓練や職場探し、面接対策など、就職活動全般をサポートします。
- 就労定着支援:「就職後も働き続けること」をゴールとし、就職後に生じる様々な課題や悩みに対し、本人と企業の間に入って調整や助言を行います。
就労移行支援が「就職への橋渡し」役だとすれば、就労定着支援は「就職後の伴走者」と言えるでしょう。この二つの支援が連携することで、就職から定着までの一貫したサポート体制が実現します。
制度の社会的意義
就労定着支援は、単に個人の離職を防ぐだけでなく、より広い社会的意義を持っています。
- 個人の経済的自立と社会参加の促進:安定した就労は、障害のある方の経済的な基盤を確立し、社会の一員としての役割を実感する上で不可欠です。就労定着支援は、雇用の継続性を高めることで、本人の自立と経済的安定を後押しします。
- 企業におけるダイバーシティ&インクルージョンの推進:多様な人材がその能力を最大限に発揮できる職場環境は、企業の持続的な成長に不可欠です。就労定着支援を活用することは、企業が障害特性への理解を深め、具体的なサポート体制を構築する一助となり、真のダイバーシティ&インクルージョン経営を推進します。
- 早期離職による機会損失の低減:採用や教育にかけたコスト、そして本人が得られたはずのキャリア形成の機会。早期離職は、個人と企業の双方にとって大きな損失です。就労定着支援は、就職後の課題に早期に対応することで、こうした機会損失を未然に防ぐ役割を担います。
第2部:【核心解説】就労定着支援の利用ガイド
このセクションでは、制度利用を検討している方が最も知りたい「誰が、いつ、いくらで、どんな支援を受けられるのか」という実用的な情報を、網羅的かつ具体的に解説します。
利用対象者:誰が使える?
就労定着支援の利用対象者は、原則として、以下の障害福祉サービスを利用して一般企業などに就労(一般就労)した方です。
- 就労移行支援
- 就労継続支援(A型・B型)
- 生活介護
- 自立訓練(機能訓練・生活訓練)
これらのサービスを経て就職し、就労に伴う環境変化によって日常生活や社会生活において何らかの課題を抱えている方が対象となります(Cocorportの解説より)。サービスの利用にあたっては、お住まいの市区町村が発行する「障害福祉サービス受給者証」が必要になります。
利用期間:いつからいつまで?
サポート期間は、就職直後からシームレスに提供されるよう設計されています。
- 就職後〜6ヶ月間:まず、就職してから最初の6ヶ月間は、それまで利用していた就労移行支援事業所などが、職場訪問や相談対応といった定着支援を行います。これは、利用者のことをよく理解している支援者が初期のサポートを担うためです。
- 就職後7ヶ月目〜最長3年6ヶ月まで:その後も継続的な支援が必要な場合に、「就労定着支援」のサービスを利用開始できます。利用期間は最長で3年間です。
つまり、就職前の支援から通算すると、合計で最長3年6ヶ月のサポートを受けることが可能です。なお、サービスの利用は1年ごとに更新が必要であり、状況に応じて支援の必要性を確認しながら継続の可否が判断されます(利用期間の詳細)。
利用料金:費用はかかる?
就労定着支援は障害福祉サービスの一環であるため、利用料金の仕組みが定められています。利用者の負担は原則としてサービス費用の1割ですが、所得に応じた負担上限月額が設定されており、それを超える費用はかかりません。
区分 | 世帯の収入状況 | 負担上限月額 |
---|
生活保護 | 生活保護受給世帯 | 0円 |
低所得 | 市町村民税非課税世帯 | 0円 |
一般1 | 市町村民税課税世帯(所得割16万円未満) | 9,300円 |
一般2 | 上記以外 | 37,200円 |
出典: Luminosoの料金表を基に作成。世帯の範囲は本人と配偶者であり、親の収入は含まれません。
多くの場合、利用者負担なくサービスを利用できるケースが多いのが実情です。また、重要な点として、このサービス利用に関して、就労先企業側の費用負担は一切ありません(企業負担なしの明記)。
具体的な支援内容:何をしてくれる?
就労定着支援員は、利用者本人、企業、そして関係機関の「ハブ」となり、多角的なサポートを提供します。
利用者への支援
- 定期的な面談:厚生労働省の通知にもある通り、月1回以上の面談を基本とし、仕事上の悩み、職場の人間関係、生活リズムの乱れ、金銭管理、体調の変化など、幅広い相談に応じます。
- 課題解決のサポート:ヒアリングした課題に対し、具体的な解決策を一緒に考え、助言します。例えば、タスク管理の方法やストレス対処法などを提案します。
- 代弁・調整役:自分からは企業に直接言いにくい要望や配慮事項(例:「業務量を調整してほしい」「指示の出し方を工夫してほしい」など)について、支援員が間に入って伝える役割も担います。
企業・職場への支援
- 三者面談の実施:利用者本人、職場の上司や人事担当者、そして支援員が同席する面談を設定し、現状の共有と課題解決に向けた共通認識を形成します。
- 障害特性への理解促進:本人の障害特性や、それに基づいた「働きやすさ」のポイントを企業側に分かりやすく説明し、適切な関わり方を助言します。
- 環境調整のサポート:合理的配慮の提供方法(例:静かな作業スペースの確保、指示の視覚化など)について、具体的なアイデアを提案し、職場環境の改善を支援します。
関係機関との連携
- 情報共有と連携調整:本人の状態に応じて、主治医のいる医療機関や、生活面の相談に乗る相談支援事業所などと連携します。必要な情報を共有し、医療・福祉・就労が一体となったチームとして安定就労を支える体制づくりをサポートします。
第3部:支援事例から見る、就労定着支援のリアル
制度の概要を理解したところで、次に具体的な支援事例を見ていきましょう。これらのケーススタディを通じて、就労定着支援が現場でどのように機能し、課題を解決に導くのかを具体的にイメージできるはずです。
ケーススタディ1:業務量の増加とストレスで悩んでいたAさんの事例
- 課題:事務職として就職したAさん。仕事の覚えが早く、徐々に任される業務が増えていきました。しかし、周囲の期待に応えようとするあまり、業務過多であることを言い出せず、次第にストレスから不眠などの体調不良をきたすようになりました(ルミノーゾの事例より)。
- 支援内容:状況を察知した就労定着支援員が、Aさん本人と企業担当者の双方からヒアリングを実施。Aさんの「頑張りすぎてしまう」という特性と前職での離職経緯を踏まえ、支援員が仲介役となり、企業側に適切な業務量への調整を提案しました。同時に、本人が安心して悩みを吐き出せるよう、職場での定期的な面談の場を設けることを提案しました。
- 結果:業務量が適正化されたことでAさんの心身の負担が軽減。定期的な面談の場で上司とコミュニケーションを取る習慣ができたことで、職場にも慣れ、安心して長期的に働けるようになりました。
ケーススタディ2:在宅勤務での孤立と体調不安を抱えていたBさんの事例
- 課題:在宅勤務をメインとする職場で働き始めたBさん。通勤の負担は少ないものの、体調が不安定な日には業務に集中できず、コミュニケーション不足から孤立感やネガティブな思考に陥りがちでした(ルミノーゾの事例より)。
- 支援内容:支援員はオンラインでBさんと企業担当者の双方と面談。まず、Bさんの同意を得て主治医と連携し、服薬調整による体調の安定化をサポート。次に、企業側と相談し、完全在宅ではなく「月1〜2回の出社日を設ける」という柔軟な働き方を提案しました。これにより、社会との接点を保ちつつ、体調に合わせた勤務が可能になりました。
- 結果:本人の不安が軽減され、体調に合わせた働き方を継続できるようになりました。企業側の「体調の安定が第一」という理解も深まり、継続的な就労につながっています。
ケーススタディ3:障害特性への誤解から人間関係に悩んだCさんの事例
- 課題:広報の仕事に就いたCさんには、緊張すると一時的に動きが止まってしまうという特性がありました。しかし、その特性が職場で理解されず、「怠けている」「わざとやっている」と誤解され、人間関係が悪化してしまいました(ルミノーゾの事例より)。
- 支援内容:支援員が介入し、まずCさんの障害特性について、医学的な背景も含めて企業側に丁寧に説明しました。誤解が解けた上で、本人、企業、支援員の三者で、Cさんが能力を発揮しやすい業務内容や指示方法(例:口頭だけでなく、テキストでも指示を出す)について具体的に検討。最終的に、本人の特性に合った部署への配置転換を提案しました。
- 結果:職場全体の障害への理解が深まり、Cさんは自身の能力を最大限に発揮できる部署で活躍できるようになりました。これは、適切な情報提供と環境調整が、いかに重要であるかを示す好例です。
第4部:企業が就労定着支援を活用するメリットとポイント
就労定着支援は、働く障害のある方だけでなく、受け入れる企業側にも多くのメリットをもたらします。このセクションでは、特に企業の人事担当者の視点から、本制度を戦略的に活用するためのポイントを解説します。
障害者雇用における企業の共通課題
多くの企業が障害者雇用を進める上で、共通の課題に直面しています。厚生労働省の「令和5年度障害者雇用実態調査」によると、企業が挙げる課題の上位には以下のようなものがあります。
- 「会社内に適当な仕事があるか」(77.2%)
- 「職場の安全面の配慮が適切にできるか」(47.0%)
- 「従業員が障害者に対する理解を深めることができるか」
これらの課題は、障害特性への知識不足や、サポート体制が未構築であることに起因する場合が多く、人事担当者や現場の上司だけで解決するには限界があります。
就労定着支援がもたらす企業側のメリット
こうした企業の課題に対し、就労定着支援は有効な解決策となり得ます。
企業側の主なメリット
- 定着率の向上と離職リスクの低減:専門的な支援により早期離職を防ぎ、採用や教育にかけたコストの損失を回避できます。安定した人材確保は、事業計画の遂行にも寄与します。
- 社内ノウハウの蓄積:支援員との定期的な連携を通じて、障害特性に応じたマネジメント手法や効果的なコミュニケーション方法など、障害者雇用に関する実践的なノウハウが社内に蓄積されます。
- 現場の負担軽減:課題が発生した際に、人事や現場の上司だけで抱え込む必要がなくなります。外部の専門家と連携できるという安心感は、現場の心理的負担を大きく軽減します。
- 「ナチュラルサポート」の形成:支援の最終的な目標は、支援機関が介在しなくても、職場の上司や同僚が自然な形でサポートできる体制(ナチュラルサポート)を構築することです。就労定着支援はその土台作りを支援します。
経営戦略としての障害者雇用
就労定着支援の活用は、法定雇用率の達成という「守り」のコンプライアンス遵守にとどまりません。それは、企業の競争力を高める「攻め」の経営戦略、すなわち「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)経営」の実践そのものです。
多様な背景を持つ人材が、それぞれの能力を最大限に発揮できる組織は、変化への対応力が高く、イノベーションが生まれやすい土壌を持ちます。経営戦略としてD&Iを推進する企業にとって、障害者雇用は重要な要素です。就労定着支援を通じて、障害のある社員が安定して活躍できる環境を整えることは、組織全体の多様性受容力を高め、他の社員の働きがい向上にもつながる、価値ある投資と言えるでしょう。
まとめ:安定した就労と企業の成長を両立するために
本稿では、就労定着支援について、その制度概要から具体的な利用方法、企業側のメリットまでを多角的に解説してきました。
就労定着支援は、障害のある方にとっては安心して働き続けるための心強い「伴走者」であり、受け入れる企業にとっては障害者雇用を成功に導き、組織を成長させるための信頼できる「パートナー」です。就職後に直面する課題は、決して個人や一社だけで抱え込む必要はありません。
障害のある方の安定した就労と、企業の持続的な成長。この二つを両立させる鍵は、外部の専門的な支援を積極的に活用し、社会全体で支える仕組みを構築することにあります。
もし、あなたやあなたの会社が障害者雇用における「定着」の課題に直面しているのであれば、まずは一歩踏み出してみませんか。お近くの市区町村の障害福祉担当窓口、相談支援事業所、あるいは就労定着支援事業所に相談することから、新たな道が開けるはずです。
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