この記事が目指すもの
「就労移行支援を利用すれば、約6割の人が就職できる」——。この58.8%という数字は、障害や病気を抱えながらも「働きたい」と願う人々にとって、一条の光のように感じられるかもしれません。しかし、その輝きに目を奪われ、「自分もきっと大丈夫だ」と安易に結論付けてしまうのは、あまりにも早計ではないでしょうか。
この数字は、多くの成功事例に支えられた紛れもない事実です。一方で、その影には、同じ制度を利用しながらも就職というゴールにたどり着けなかった人々、あるいは一度は就職したものの、短期間で離職せざるを得なかった人々の現実も存在します。希望の光は、時として実態を覆い隠すベールにもなり得るのです。
本記事では、この「就労移行支援の就職率」というキーワードを、徹底して「公平な観点」から深掘りします。公表されているデータの表面をなぞるだけでなく、その数字がどのような条件下で算出され、どのような現実を内包しているのかを多角的に分析します。成功の要因を明らかにすると同時に、利用者が直面しうる課題、支援の現場が抱える葛藤、そして制度そのものが持つ構造的な問題点にも、正面から光を当てていきます。
私たちの目的は、単に希望を語ることでも、不安を煽ることでもありません。就労移行支援の利用を検討しているご本人、その選択を支えるご家族、そして日々支援に奮闘する専門職の方々。この記事に関わるすべての人が、美化も矮小化もされていない「ありのままの現実」を理解し、より納得感のある、そして戦略的な選択をするための一助となること。それが、本稿が読者の皆様にお約束する唯一の価値です。
就労移行支援とは?まずは基本と「就職率」の数字を確認
詳細な分析に入る前に、まずは議論の土台となる基本的な知識を整理しましょう。「就労移行支援」とはどのような制度で、「就職率」という数字はどこから来ているのでしょうか。
就労移行支援の概要
就労移行支援は、障害者総合支援法に基づいて提供される障害福祉サービスの一つです。その主な目的は、一般企業への就職を希望する65歳未満の障害のある方々に対し、働くために必要な知識や能力の向上を支援することにあります。
具体的には、全国に存在する「就労移行支援事業所」が、利用者一人ひとりの状況や希望に応じて個別の支援計画を作成します。その計画に基づき、以下のような多岐にわたるサポートが原則として最大2年間提供されます。
- 職業訓練: パソコンスキル、ビジネスマナー、軽作業、プログラミングなど、事業所の特色に応じた様々な職業スキルを学びます。
- 自己理解の促進: 自身の障害特性や、得意なこと・苦手なことを客観的に把握し、働く上でどのような配慮が必要かを整理します(合理的配慮の整理)。
- 就職活動のサポート: 履歴書・職務経歴書の添削、模擬面接、求人情報の提供、企業見学や面接への同行など、就職活動の各段階で伴走します。
- 職場探しと定着支援: 利用者の適性に合った職場を開拓し、就職後も職場に定着できるよう、本人と企業の間に立って定期的な面談や調整を行います。
このように、就労移行支援は単に「仕事を見つける」ことだけを目的とせず、利用者が「働き続ける」ことを見据えた包括的な支援を提供する制度と言えます。
就職率の公式データ
さて、本記事の核心である「就職率」です。この数字は、厚生労働省が定期的に公表するデータに基づいています。複数のメディアや支援機関が引用している最新のデータによると、2023年度における就労移行支援事業所からの一般就労への移行率(就職率)は、全国平均で58.8%です。
この数字は、年度内に就労移行支援の利用を終了した人のうち、一般企業へ就職した人の割合を示しています。計算式で表すと以下のようになります。
就職率(一般就労移行率) = (年度内の一般就労への移行者数) ÷ (年度内のサービス利用者総数) × 100
この58.8%という数字は、しばしば「約2人に1人、あるいはそれ以上が就職に成功している」という形で紹介され、就労移行支援の有効性を象徴する指標として広く認識されています。
数字が示す希望
58.8%という数字、そしてそれに伴う就労者数の増加は、決して軽視できません。実際に、就労系の障害福祉サービスから一般企業へ就職する人の数は年々増加しており、その変化は劇的です。例えば、大和総研のレポートによると、2003年度には約1,300人だった移行者数が、2023年には26,586人に達し、この20年間で約20倍に増加しています。
この力強い成長は、障害者雇用促進法の改正による法定雇用率の段階的な引き上げや、企業のダイバーシティ&インクルージョンへの意識の高まりといった社会的背景とともに、就労移行支援という制度が、障害のある方々の「働きたい」という思いと、企業側の「人材を確保したい」というニーズとを繋ぐ重要な架け橋として機能してきたことの証左です。
この数字は、多くの人々がこの制度を通じて困難を乗り越え、社会参加への扉を開いているという紛れもない事実を示しています。それは、これから利用を考える人々にとって、大きな希望と勇気を与えるものでしょう。しかし、物語には常に複数の側面があります。次の章からは、この輝かしい数字の裏側に隠された、より複雑な現実に迫っていきます。
- 就労移行支援は、一般就労を目指す障害のある方を対象とした、職業訓練から就職活動、定着支援までを包括的に行う福祉サービスである。
- 2023年度の就職率は全国平均で58.8%であり、約2人に1人が就職している計算になる。
- 制度からの一般就労移行者数は過去20年で約20倍に増加しており、制度の有効性と社会的な需要の高まりを示している。
【本編】「就職率58.8%」を多角的に読み解く:公平な視点からの深掘り分析
ここからが本記事の核心です。「58.8%」という一つの数字を鵜呑みにせず、その内実を複数の角度から、まさに虫の目・鳥の目・魚の目で分析し、「公平な観点」からその実態に迫ります。成功の光と、その光が落とす影の両方を見つめていきましょう。
成功の側面:なぜ高い就職率が実現できるのか?
まず、なぜ就労移行支援がこれほど高い就職率を達成できるのか、その成功要因を構造的に理解することが重要です。これは単なる偶然や個人の努力の賜物ではなく、制度として巧みに設計された仕組みに支えられています。
体系的な支援プログラム
多くの事業所では、就職に必要なスキルを段階的かつ体系的に習得できるプログラムが用意されています。例えば、ITスキルや事務作業、介護技術、製造業の基礎など、具体的な職種を想定した職業訓練が提供されます。これにより、利用者は「働きたいが、何から手をつけていいかわからない」という状態から脱し、明確な目標を持ってスキルアップに励むことができます。ビジネスマナーやコミュニケーション訓練といった、どの職場でも必要とされる基礎的なソーシャルスキルを学べることも、就職後の適応をスムーズにする上で大きな役割を果たします。
個別化されたサポート
就労移行支援の最大の強みは、その「個別性」にあります。利用を開始すると、専門の支援員が面談を重ね、その人の障害特性、経歴、希望、そして生活状況までを詳細に把握した上で、「個別支援計画」を共同で作成します。この計画は画一的なものではなく、まさにオーダーメイドのロードマップです。定期的な面談を通じて進捗を確認し、必要に応じて計画を柔軟に見直しながら、支援員が利用者に寄り添い、二人三脚でゴールを目指します。この伴走型のサポートがあるからこそ、多くの利用者が途中で挫折することなく、就職活動を乗り越えることができるのです。
企業との連携
優れた就労移行支援事業所は、地域企業との間に強固なネットワークを築いています。このネットワークは、就職活動において絶大な効果を発揮します。特に重要なのが「職場実習(インターンシップ)」です。利用者は、興味のある企業で実際に数週間働くことで、仕事内容や職場の雰囲気を肌で感じることができます。これにより、「思っていた仕事と違った」という入社後のミスマッチを大幅に減らすことができます。企業側も、実習を通じて利用者の人柄や能力を直接確認できるため、安心して採用に踏み切れます。さらに、事業所には一般には公開されていない独自の求人が寄せられることもあり、利用者はより有利な条件で就職活動を進めることが可能になります。
自己理解の深化
障害のある方が働く上で、自身の特性を理解し、それを他者に適切に伝える能力は不可欠です。就労移行支援では、様々なプログラムや支援員との対話を通じて、自分自身の得意なこと、苦手なこと、ストレスを感じる状況、そして必要な配慮(合理的配慮)などを客観的に整理するプロセスを重視します。この「自己理解」が深まることで、利用者は「自分には何ができて、何に手助けが必要か」を明確に言語化できるようになります。これは、面接で自信を持って自己PRをしたり、入社後に円滑な人間関係を築いたりするための強力な武器となります。
課題の側面①:「就職できなかった41.2%」の現実
光が強ければ影もまた濃くなります。58.8%という成功の裏側には、目標を達成できなかった「41.2%」の人々が存在します。彼らがなぜ就職に至らなかったのか、その理由を分析することは、制度の限界と課題を理解する上で避けては通れません。
利用が合わないケース
就労移行支援は万能薬ではありません。そもそも、このサービスが本人の状態やニーズに合致しない場合があります。例えば、atGPしごとLABOの記事でも指摘されているように、一般就労への意欲がまだ固まっていない方や、体調が不安定で定期的な通所自体が困難な方にとっては、サービスの利用が負担になることがあります。また、集団での訓練が苦手な方や、自分のペースで学びたい方にとっても、事業所のプログラムが合わない可能性があります。このような場合、無理に就労移行を続けるよりも、まずは生活リズムを整える「自立訓練(生活訓練)」や、より配慮された環境で働く「就労継続支援(A型・B型)」など、他の選択肢を検討することが賢明です。2025年から本格導入される「就労選択支援」は、こうしたミスマッチを防ぐための重要な仕組みとして期待されています。
スキルのミスマッチ
利用者が希望する職種と、事業所が提供できる訓練内容が一致しないケースも少なくありません。例えば、専門的なITスキルを身につけたいと考えていても、その事業所が事務や軽作業の訓練に特化していれば、利用者は満足なスキルを得ることができません。また、スキルの習得には時間がかかるため、原則2年間という利用期間内に目標レベルに到達できず、就職に至らないまま利用を終了せざるを得ないこともあります。この問題は、特に地方において、事業所の選択肢が限られている場合に深刻化する傾向があります。
求人との不一致
事業所のサポートを受けてスキルを磨き、準備万端で就職活動に臨んでも、最終的な壁として立ちはだかるのが「求人との不一致」です。本人が希望する職種、勤務地、給与、勤務時間といった条件と、実際に事業所が紹介できる求人や、地域に存在する障害者雇用枠の求人との間に大きな乖離がある場合、就職は困難を極めます。特に、専門職や管理職を目指す場合、障害者雇用の求人市場では選択肢が非常に限られるのが現状です。結果として、利用者は希望しない職種で妥協するか、就職を断念するかの選択を迫られることになります。
課題の側面②:「就職の質」と「定着率」というもう一つの指標
「就職率」という指標の最大の落とし穴は、それが「就職した瞬間」を切り取ったスナップショットに過ぎないという点です。真の成功が「働き続けること」にあるとすれば、私たちは「就職の質」、すなわち「定着率」という、もう一つの重要な指標に目を向けなければなりません。
就職はゴールではない
華々しい就職率の裏で、障害者雇用の現場では「高い離職率」が長年の課題となっています。厚生労働省の調査データなどを分析すると、その厳しい現実が浮かび上がってきます。
複数の調査報告によると、就労移行支援などを経て就職した障害のある方の1年後の職場定着率は約58.4%です。これは、一般雇用の新卒社員の1年後定着率が約88%であることと比較すると、著しく低い水準です。つまり、就職した人のうち、1年後には5人に2人がその職場を去っている計算になります。就職率58.8%と、1年後定着率58.4%。この二つの数字が奇しくも近似している事実は、就労移行支援の成果を評価する上で非常に示唆に富んでいます。
障害種別による定着率の差
さらに深刻なのは、この定着率が障害種別によって大きく異なる点です。マイナビの分析記事で引用されているデータは、この問題を明確に示しています。就職1年後の定着率を見ると、身体障害者が60.8%、知的障害者が68.0%、発達障害者が71.5%であるのに対し、精神障害者は49.3%と、半数を下回っています。
これは、精神障害のある方が直面する困難の複雑さを物語っています。外見からは分かりにくい障害特性や、日によって変動する体調、対人関係のストレスなどが、職場への適応を特に難しくしていると考えられます。近年、就労移行支援の利用者は精神障害(発達障害を含む)のある方が多数を占めるようになっているため、この定着率の低さは制度全体の喫緊の課題と言えるでしょう。
離職の具体的な理由としては、「職場の人間関係」「仕事内容が合わない」「賃金・労働条件への不満」といった一般の離職理由と共通するものに加え、「障害に対する職場の配慮・理解が不十分だった」「体調が悪化した」といった、障害特性に起因する理由が上位に挙げられます。これは、就職活動の際に整理したはずの「合理的配慮」が、実際の職場環境で十分に機能していない、あるいは時間とともに形骸化してしまうケースが少なくないことを示唆しています。
支援の「質」のばらつきと事業所選びの重要性
最後に指摘すべきは、就労移行支援というサービスそのものが、全国一律の品質で提供されているわけではないという現実です。事業所の運営母体、地域、そして支援員の専門性によって、提供される支援の「質」には大きなばらつきが存在します。これが、利用者の成果を左右する隠れた、しかし決定的な要因となっています。
事業所数の推移と構造変化
厚生労働省の調査報告書によると、就労移行支援事業所の数は、平成30年(2018年)の3,503箇所をピークに、近年は漸減傾向にあります。この減少の背景には、特に地方において、長年地域福祉を担ってきた社会福祉法人が運営する事業所が、利用者不足や専門人材の確保難を理由に廃止・休止しているという実態があります。一方で、都市部では営利法人が運営する事業所が増加しており、利用者の多くは精神障害や発達障害のある方です。
この構造変化は、二つの懸念を生んでいます。一つは「支援の地域格差」の拡大です。都市部では多様な選択肢がある一方で、地方ではそもそも利用できる事業所が少ない、あるいは選択肢が限られるという問題です。もう一つは「支援の多様性の低下」です。営利法人が精神・発達障害に特化する傾向が強まることで、身体障害や知的障害など、他の障害種別に対応できる事業所が減少し、多様なニーズに応えられなくなる可能性が指摘されています。
支援内容と専門性の差
「就労移行支援」と一括りに言っても、その中身は事業所によって千差万別です。ITスキルに特化した事業所、事務職に強い事業所、デザインやクリエイティブ系の訓練を行う事業所、農作業などを通じて支援する事業所など、それぞれに得意な分野があります。また、支援員の専門性も様々で、精神保健福祉士やキャリアコンサルタントなどの資格を持つ専門職が充実している事業所もあれば、そうでない事業所もあります。したがって、利用者は「就職率」という表面的な数字だけで事業所を選ぶのではなく、自分の希望や特性に合ったプログラムと専門性を持つ事業所を慎重に見極める必要があります。この「事業所選び」の成否が、2年間の成果を大きく左右すると言っても過言ではありません。
実績の低い事業所の存在
残念ながら、すべての事業所が高い成果を上げているわけではありません。厚生労働省自身も、することを課題として認識しています。これらの事業所では、適切な支援が行われず、利用者が貴重な2年間を無為に過ごしてしまうリスクがあります。国は報酬改定などを通じて、実績の高い事業所が評価される仕組みを強化しようとしていますが、利用者自身が情報を収集し、「質の高い」事業所を見抜く目を持つことが、依然として重要です。
- 成功要因: 高い就職率は、体系的プログラム、個別支援、企業連携、自己理解の深化といった制度的仕組みに支えられている。
- 就職できない現実: 41.2%は、サービスとのミスマッチ、スキル不足、希望求人の欠如といった理由で就職に至っていない。
- 定着率という課題: 就職後1年の定着率は約58.4%と低く、特に精神障害者は49.3%と半数を下回る。就職はゴールではなく、定着こそが真の成功である。
- 支援の質のばらつき: 事業所はピーク時から減少傾向にあり、地域や運営母体によって支援内容や専門性に大きな差がある。利用者による「賢い事業所選び」が極めて重要となる。
課題解決への道筋:利用者・企業・支援機関が取り組むべきこと
これまで見てきたように、「就職率58.8%」という数字の裏には、複雑な光と影が存在します。では、これらの課題を乗り越え、一人でも多くの人が納得のいく形で働き続けるためには、何が必要なのでしょうか。この章では、利用者、企業、そして制度・支援機関という三つの立場から、具体的な解決策を探ります。
利用者(あなた)ができること:賢い事業所選びと自己管理
制度の利用者にとって最も重要なのは、受け身の姿勢を脱し、自らのキャリアの主導権を握ることです。その第一歩が「賢い事業所選び」です。
事業所選びのチェックリスト
広告やウェブサイトの「就職率〇〇%!」という謳い文句だけで判断するのは危険です。以下のリストを参考に、複数の事業所を比較検討してください。
- 見学・体験利用を徹底する: 最も重要なステップです。必ず複数の事業所を見学し、できれば数日間の体験利用をしましょう。プログラムの内容はもちろん、事業所の雰囲気、他の利用者の様子、そして何より支援員との相性を肌で感じることが大切です。「この人たちとなら2年間頑張れそうだ」と思えるかどうかが、一つの判断基準になります。
- 就職実績の「質」を確認する: 就職率の数字だけでなく、その中身を具体的に質問しましょう。「どのような職種・業種の企業に就職していますか?」「雇用形態(正社員、契約社員、パート)の割合はどうなっていますか?」「就職者の平均的な給与水準はどのくらいですか?」といった質問は、その事業所の支援のレベルや企業とのネットワークの質を測る上で非常に有効です。
- 定着支援の実績を問う: 「就職後の定着支援はどのように行っていますか?」「1年後の定着率はどのくらいですか?」と尋ねましょう。就職後のサポート体制に力を入れている事業所は、利用者の長期的なキャリアを真剣に考えている証拠です。優れた事業所は、就職後も定期的な面談や企業訪問を続け、問題が起きればいつでも対応するスタンスを持っています。
- プログラム内容と自分の希望を照合する: 自分が学びたいスキル(例:プログラミング、デザイン、経理)や、身につけたい能力(例:コミュニケーション、ストレス管理)に合ったプログラムが提供されているかを確認します。自分のキャリアプランと事業所の強みが一致していることが、モチベーションを維持する鍵です。
主体的な姿勢で支援を活用する
良い事業所を選んだとしても、ただ待っているだけでは成果は出ません。支援員はあくまで伴走者であり、ゴールに向かって走るのは利用者自身です。自分のキャリアプラン、希望する働き方、必要な配慮について、積極的に支援員と対話し、共に戦略を練る姿勢が不可欠です。「自分はこうなりたい、そのためには何が必要か」を常に考え、支援を「使いこなす」という主体性が、2年後の結果を大きく変えるのです。
企業が取り組むべきこと:採用から定着までの環境整備
障害者雇用の成否は、企業の受け入れ体制にかかっていると言っても過言ではありません。法定雇用率の達成という義務感だけでなく、多様な人材を活かす経営戦略として捉え直すことが求められます。
採用と定着の課題を直視する
多くの企業が「求める人材が見つからない」「採用してもすぐに辞めてしまう」という課題に直面しています。これらの課題は、採用手法と受け入れ環境の両方を見直すことで解決の糸口が見えてきます。
解決策:連携と環境構築
- 支援機関との積極的な連携: 企業だけで障害者雇用を進めるには限界があります。地域の就労移行支援事業所や障害者職業センターと積極的に連携し、専門的な助言を得ることが成功への近道です。職場実習の受け入れは、採用のミスマッチを防ぐ最も効果的な方法の一つです。支援機関は、企業のニーズに合った人材を紹介してくれるだけでなく、採用後のフォローアップも行ってくれます。
- 受け入れ体制の構築と「合理的配慮」の具体化: 採用が決まったら、配属先の部署や上司、同僚への事前説明が不可欠です。障害の特性や必要な配慮について学ぶ社内研修を実施し、現場の理解と協力を得られる環境を整えます。「合理的配慮」は、法律で定められた義務ですが、それを形式的なものに終わらせてはなりません。本人と丁寧に話し合い、「具体的にどのような支援があれば能力を発揮できるか」を共に考え、実行し、定期的に見直すプロセスが重要です。
- 業務の切り出しと創出(ジョブクリエイション): 「任せる仕事がない」というのもよく聞かれる悩みです。しかし、既存の業務プロセスを分解・再構築することで、障害のある方が能力を発揮できる業務を戦略的に「創出」することが可能です。定型的なデータ入力、書類の電子化、備品管理など、彼らの集中力や正確性を活かせる業務は社内に眠っているはずです。
制度・支援機関の役割:連携強化と質の向上
個々の利用者や企業の努力だけでは解決できない構造的な課題に対しては、制度全体としての取り組みが不可欠です。
支援人材の育成と確保
支援の質は、支援員の質に直結します。しかし、福祉現場では慢性的な人材不足が叫ばれており、就労支援施設の職員の76%が人手不足を感じているという調査結果もあります。また、雇用と福祉の両分野にまたがる高度な専門性が求められるにもかかわらず、実践的な研修機会が限られているという課題も指摘されています。支援員の専門性を高めるための統一的な研修カリキュラムの構築や、キャリアパスの整備、そして何よりも処遇の改善を通じて、魅力ある専門職として確立していくことが急務です。
機関間のシームレスな連携
障害のある方を支える機関は、就労移行支援事業所だけではありません。ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、医療機関、相談支援事業所など、多岐にわたります。しかし、これらの機関が縦割りで、情報共有が不十分なケースが少なくありません。厚生労働省は、ハローワークを中心にこれらの機関がチームを組んで支援にあたる「障害者就労支援チーム」を推進していますが、その実効性をさらに高める必要があります。利用者の情報が一元的に共有され、どの段階でも切れ目のない支援が受けられる「ワンストップ」の体制構築が理想です。
就労定着支援のさらなる普及
定着率の低さという課題に対応するため、2018年度から「就労定着支援事業」が創設されました。これは、就職後6ヶ月を経過した人に対して、最長3年間にわたり、生活面や職場での課題解決をサポートするサービスです。この事業の活用は定着率向上に直結しますが、就労移行支援事業所のうち、この指定を受けているのは16.9%(令和4年調査時点)にとどまるなど、まだ十分に普及しているとは言えません。就職後のフォローアップの重要性を社会全体で再認識し、この事業の利用を促進していくことが、就労支援の成果を確かなものにするための鍵となります。
まとめと未来展望:就労移行支援のこれから
私たちはこれまで、「就職率58.8%」という数字を羅針盤に、就労移行支援の光と影が織りなす複雑な航路を旅してきました。最後に、この旅で得られた知見を総括し、これからの障害者雇用が進むべき未来を展望します。
総括
就労移行支援の就職率「58.8%」は、この制度が多くの障害のある方々にとって、社会への扉を開く有効な手段であることを示す希望の指標です。その背景には、個別化された支援計画、体系的な職業訓練、そして企業との連携といった、制度の優れた仕組みがあります。
しかし同時に、この数字だけでは見えてこない複数の現実が存在することを、私たちは確認しました。
- 就職というゴールにたどり着けなかった「41.2%」の人々がおり、その背景にはサービスとのミスマッチや地域の求人状況といった課題があること。
- 就職後1年で半数近くが離職する障害種別もあるという「低い定着率」の問題があり、「就職の質」が問われていること。
- 支援を提供する事業所間に「質のばらつき」が存在し、利用者による賢い選択が極めて重要であること。
「公平な観点」を持つとは、この光と影の両面を冷静に、そして客観的に理解することを意味します。就労移行支援は魔法の杖ではありません。それはあくまで、利用者が自らの力で未来を切り拓くための「道具」の一つです。その道具を最大限に活かすためには、利用者自身の主体性、企業の受容的な環境、そして社会全体の支援体制が不可欠なのです。
未来への展望
課題は山積していますが、悲観する必要はありません。障害者雇用を取り巻く環境は、確かな変化の潮流の中にあります。
2025年「就労選択支援」の本格始動
未来を語る上で最も重要な変化が、2025年10月から全国で本格的に開始される新サービス「就労選択支援」です。これは、就労移行支援などの福祉サービスを利用する前に、本人の希望や能力、適性を短期間で客観的に評価(アセスメント)し、どの働き方や支援が最も適しているかを一緒に考える仕組みです。これにより、「とりあえず就労移行支援へ」といった安易な選択が減り、利用者一人ひとりが自分に最適な道筋を見つけやすくなります。これまで課題であった「入り口でのミスマッチ」が大幅に減少し、支援全体の効果と効率が高まることが大いに期待されます。
多様な働き方の模索と企業の意識変化
法定雇用率は2024年4月に2.5%、さらに2026年7月には2.7%へと引き上げられることが決まっています。この流れは、企業にとって障害者雇用を「コスト」ではなく「重要な経営課題」として捉える大きな動機付けとなります。ESGやSDGsへの関心の高まりも、企業の社会的責任としての障害者雇用を後押しするでしょう。テレワークやサテライトオフィス勤務、フレックスタイム制といった柔軟な働き方が社会に浸透する中で、障害のある方が能力を発揮できる活躍の場は、今後ますます多様化し、広がっていくはずです。
利用者本位の支援へ
最終的に、私たちが目指すべき社会は、制度や支援が主役になる社会ではありません。障害のある方一人ひとりが、自らの意思でキャリアを選択し、ことが当たり前になる社会です。その実現のためには、就労移行支援という枠組みを超えて、教育、医療、福祉、そして企業が一体となり、ライフステージのあらゆる段階で個人を支えるシームレスな支援体制を構築していくことが求められます。
「就職率58.8%」という数字は、ゴールではなく、私たちが今いる現在地を示す一つのマイルストーンに過ぎません。この数字を、より質の高い、そして誰もが希望を持てる未来へと引き上げていく挑戦は、まだ始まったばかりです。

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