静岡県の食品製造業が挑むDX。歩留まり改善と品質管理の最新事例
静岡県の食品製造業が挑むDX。歩留まり改善と品質管理の最新事例
KUREBA
「食の都」として全国にその名を知られる静岡県。豊かな自然の恵みを受け、水産加工品、お茶、農産物など、多種多様な食品製造業が集積する一大拠点です。しかし、その裏側で多くの企業が人手不足、コスト高騰、そして厳格化する品質要求という共通の課題に直面しています。これらの課題を乗り越え、持続的な成長を遂げるための鍵こそが、デジタルトランスフォーメーション(DX)です。
本記事では、静岡県内の食品製造業がDX、特に「歩留まり改善」と「品質管理」という二大テーマにどう挑んでいるのか、具体的な最新事例を交えながら深く掘り下げていきます。
静岡県食品製造業が直面する「待ったなし」の課題
静岡県の食品製造業は、全国的な課題に加えて地域特有の状況も抱えています。帝国データバンク静岡支店の調査によれば、県内でDXに対応している企業は2割未満にとどまっており、特に小規模な企業ほど対応が遅れている現状が浮き彫りになっています。この「デジタル格差」が、以下の課題をさらに深刻化させています。
- 深刻化する人手不足と技術継承: 少子高齢化による労働力不足は、製造現場の根幹を揺るがす問題です。熟練者の「勘と経験」に頼ってきた技術の継承も困難になりつつあります。
- 原材料・エネルギーコストの高騰: 近年の世界情勢を受け、原材料費や光熱費は上昇の一途をたどっています。コスト上昇分の価格転嫁は進みつつあるものの、利益を圧迫する大きな要因です。
- HACCP義務化と高度化する品質要求: HACCPに沿った衛生管理が完全制度化され、消費者や取引先からの食品安全に対する要求レベルは年々高まっています。これに伴う記録・管理業務の増大が、現場の負担を増やしています。
- 食品ロス削減への社会的要請: SDGsへの関心の高まりから、食品ロス削減は企業の社会的責任として強く求められています。これは経営効率の観点からも避けては通れない課題です。
DXがもたらす「歩留まり改善」と「品質管理」の革新
DXは、単なるITツールの導入ではありません。データとデジタル技術を活用して業務プロセスそのものを変革し、新たな価値を創造する取り組みです。特に食品製造業において、「歩留まり」と「品質」は収益性に直結する最重要指標であり、DXによる改善効果は絶大です。
AIとIoTで実現する歩留まりの最大化
歩留まり率(投入した原料に対して得られた良品の割合)は、生産性の高さを直接示す指標です。歩留まりを1%改善するだけで、企業の利益は大きく変わります。DXは、この改善を科学的アプローチで実現します。
「勘と経験」を「客観的なデータと科学的な予測」に置き換え、食品ロスの発生源を根本的に断ち切ることを目指します。
- AIによる外観検査・選別: AI画像認識を導入することで、従来は目視に頼っていた製品の焼きムラ、微細な焦げ、異物混入、形状不良などを高精度かつ高速で検知します。これにより、不良品の流出を防ぎつつ、品質の均一化と歩留まり向上を両立できます。
- IoTによる製造工程の最適化: 製造ラインに設置したIoTセンサーが温度、湿度、圧力などのデータをリアルタイムで収集。これらのデータを多変量解析ツールなどで分析し、品質や歩留まりに影響を与える要因を特定します。これにより、常に最適な製造条件を維持し、不良品の発生を未然に防ぎます。
- AIによる需要予測: AIが過去の販売実績や天候、イベント情報などを分析し、高精度な需要予測を行います。これにより過剰生産を防ぎ、原材料の無駄や完成品の廃棄(食品ロス)を大幅に削減できます。
デジタル技術で築く、揺るぎない品質管理体制
HACCPやISO22000などの国際規格への対応は、今や取引の必須条件です。しかし、そのための記録・管理業務は現場にとって大きな負担となります。デジタル技術は、この負担を軽減し、より強固な品質管理体制を構築します。
- 帳票のペーパーレス化: タブレットやスマートフォンを活用して製造記録、点検記録などを電子化。手書きの手間や転記ミスをなくし、記録業務を効率化します。データはクラウドで一元管理され、監査時にも必要な情報を即座に検索・提出できます。
- トレーサビリティの強化: QRコードやRFIDを活用し、原材料の入荷から製造、出荷までの全工程をデータで連携。万が一、品質問題が発生した場合でも、迅速に原因を追跡し、影響範囲を特定できます。
- IoTによるリアルタイム監視: 冷蔵・冷凍庫の温度管理などをIoTセンサーで自動化。設定した基準値を逸脱した際にはアラートで通知するため、24時間体制での監視が可能となり、品質劣化のリスクを大幅に低減します。
【静岡県内事例】DXで未来を切り拓く食品メーカーたち
理論だけでなく、静岡県内では既に多くの企業がDXを実践し、目覚ましい成果を上げています。ここでは、その代表的な事例をご紹介します。
事例1:マルハチ村松(焼津市)- 帳票電子化で年間6,900時間の作業削減
焼津市に本社を置く調味料・惣菜メーカーのマルハチ村松様は、FSSC22000認証取得に伴う記録業務の増大で、労働生産性の低下という課題に直面していました。年間64,000枚に及ぶ紙の製造記録書が現場の大きな負担となっていたのです。
同社は、タブレットで帳票の記録・閲覧ができるソリューション「i-Reporter」を導入。製造記録書の準備から記入、承認までの一連のプロセスを電子化しました。その結果は劇的でした。
- 管理者の製造記録書準備作業が月415時間から62時間へ(85.1%削減)
- 付帯業務全体で工数を79.6%削減
- 工場全体の労働生産性は目標を上回る105%を達成
削減された時間は社員教育や他部署の支援に充てられ、組織全体のスキルアップと生産性向上につながっています。「もう紙には戻れない」という現場の声が、その効果の大きさを物語っています。
事例2:マックスバリュ東海(長泉町)- 世界初、惣菜盛り付け全工程のロボット化
人手への依存度が極めて高かった惣菜の盛り付け工程。マックスバリュ東海様は、長泉町のデリカ工場において、この工程の完全自動化という画期的な挑戦に成功しました。日本惣菜協会やベンダー企業と連携し、容器の供給から盛り付け、検査、包装までを一貫して行うロボットシステムを開発・導入したのです。
この取り組みは、深刻な人手不足への対応だけでなく、人との接触を減らすことによる衛生レベルの向上、そして品質の安定化にも大きく貢献しています。これは、静岡県から発信された「スマートファクトリー」の最先端事例と言えるでしょう。
事例3:ソノファイ(静岡市)- AI超音波技術でマグロの価値を最大化
静岡発のスタートアップであるソノファイ株式会社は、富士通や東海大学と共同で、冷凍ビンチョウマグロの脂のりを非破壊で自動判定する画期的な装置を開発しました。これは、熟練の職人が尾の断面を見て判断していた「匠の技」を、AIと超音波技術でデジタル化したものです。
この技術により、従来は不可能だった全数検査が実現。脂のりに応じて正確に格付けすることで、製品の高付加価値化に貢献します。地域の基幹産業である水産加工業において、技術継承と価値向上の両方を実現するDXの好例です。
その他の先進的な取り組み
- カメヤ食品(清水町): IT導入補助金を活用し、電子帳票ツールを導入。レポート作成や承認プロセスを自動化し、業務効率を改善。
- 株式会社知久(浜松市): 惣菜弁当製造において、発注・仕入システムを導入し、バックオフィス業務の効率化を実現。
- 伊藤ハム米久ホールディングス(三島市): 最新鋭の技術を導入したハム・ソーセージの新工場を建設し、生産性の向上と品質管理の強化を図る。
静岡県でDXを始めるための第一歩
「DXは大手企業の話だろう」「何から手をつければいいかわからない」。そう感じている経営者の方も多いかもしれません。しかし、DXはスモールスタートが可能です。重要なのは、まず自社の課題を正しく認識することです。
課題の明確化とスモールスタート
いきなり工場全体のスマート化を目指す必要はありません。まずは、自社の製造現場で「最も手間がかかっている業務」「最もミスが多い工程」「最も歩留まりが低い製品」など、具体的な課題を洗い出すことから始めましょう。課題を特定し、改善による効果が最も大きい部分から着手することが成功の秘訣です。
RPAによる定型業務の自動化から始める
比較的導入しやすく、すぐに効果を実感できるのがRPA(Robotic Process Automation)です。RPAは、人間がPCで行う定型的な事務作業(データの入力、転記、集計、メール送信など)を自動化するソフトウェアロボットです。
例えば、受注データを基幹システムに入力する作業や、日々の売上データを集計して報告書を作成する作業などを自動化することで、担当者をより付加価値の高い業務にシフトさせることができます。静岡県内にもRPA開発に強いシステム会社が複数存在し、導入をサポートする体制が整っています。
県や地域の支援制度を活用する
静岡県や各市町村、商工団体は、中小企業のDX推進を後押しするための様々な支援策を用意しています。
- 専門家派遣・相談窓口: 静岡県は「ふじのくにロボット技術アドバイザー」や「静岡県IoT導入診断アドバイザー」などを派遣し、専門家が企業の課題に応じたアドバイスを行っています。
- 補助金・助成金: ITツールやロボットの導入にかかる費用の一部を補助する制度があります。国の「IT導入補助金」や「ものづくり補助金」なども活用できます。
- 実証プロジェクト: 県が主導する「AOIプロジェクト」のように、農業分野を中心に先端技術の実証と事業化を支援する取り組みも行われています。
これらの支援制度を積極的に活用することで、初期投資の負担を抑えながらDXへの一歩を踏み出すことが可能です。
まとめ:未来の「食の都・静岡」を共創するために
人手不足、コスト高騰、品質要求の高度化といった荒波は、今後さらに高まることが予想されます。このような時代において、DXはもはや選択肢ではなく、企業の持続的成長に不可欠な経営戦略です。
本記事で紹介した事例は、静岡県内の企業が持つポテンシャルの高さを証明しています。歩留まり改善による収益性向上、品質管理の徹底による信頼獲得、そして生産性向上による働き方改革。DXは、これらの課題を解決し、企業の競争力を飛躍的に高める力を持っています。
地方の伝統的な食品メーカーは、技術革新の波に乗り遅れがちです。しかし、だからこそチャンスがあると考えています。在庫管理の最適化、需要予測の精度向上、品質管理の自動化など、AIが活躍できる場面は無数にあります。
自社の課題を見つめ、小さな一歩からでも始めること。そして、県や地域の支援を最大限に活用すること。それが、未来の「食の都・静岡」を築き、世界に誇る食文化を次世代へと繋いでいくための確かな道筋となるでしょう。