近年、卓球の世界トップ選手の間でバタフライ社の「ディグニクス」(Dignics)ラバーの採用率が急上昇しています。従来、欧州や日本の選手が主力としてきたTenergyシリーズに代わり、新世代の高性能ラバーとしてディグニクスが注目を集めています。本稿では、ディグニクスの技術特徴や性能、世界トップ選手における使用状況、そしてその採用率が高まる背景を詳しく解説します。
ディグニクスとは?技術特徴と性能
ディグニクスはバタフライ社が開発した最新鋭の高性能ラバーシリーズで、従来のTenergyシリーズを凌駕する回転力・速度・耐久性を備えています。ディグニクスにはディグニクス05、ディグニクス09C、ディグニクス64、ディグニクス80の4種類があり、それぞれスポンジ硬度や性能バランスが異なります。例えば、ディグニクス05はスポンジ硬度が約38度と比較的柔らかく、ディグニクス09Cは44度と最も硬めのスポンジを採用しています。ディグニクス64と80は硬度38度で、ゴムシート自体の特性が異なることで性能差を出しています。
ディグニクスの最大の技術特徴は、新世代の「スプリングスポンジX」と高テンションゴムの組み合わせです。従来のTenergyが採用したスプリングスポンジをさらに改良したスプリングスポンジXは、弾力性と耐久性を高めつつ、硬めのスポンジでもボールをしっかり掴めるよう設計されています。ゴム表面(トップシート)も摩擦性能を高めた新素材を用いており、特にディグニクス09Cは「高摩擦・高バウンス」を実現したと謳われています。この技術により、ディグニクスは非常に高い回転(スピン)性能とボールへのグリップ力を発揮し、かつスピードも高いままです。
性能面では、ディグニクスは高いスピン量と弾道の安定性が評価されています。特にディグニクス05と09Cは「Tenergy05とDHSハリケーン3の中間的な感覚」を持つと言われ、欧州系ラバーのボールの飛びやすさと中国系ラバーのスピン量・コントロールを両立しているとの声もあります。実際、ディグニクス09Cはボールをしっかり掴んで強烈なトップスピンを与えることで、強烈なアークを描く高スピン球を安定して打ち出せます。一方でディグニクス64や80はスポンジ硬度が同じ38度ですが、ディグニクス64は中距離でのスピンの持続性がやや弱く、ディグニクス80は柔軟性が高くバランスの取れた性能を発揮するとされています。ディグニクス80は05よりスピン量はやや低めですが、安定した弾道とボールへのグリップ力が特徴で、初心者から上級者まで幅広い層に使いやすいと評価されています。
また、ディグニクスは耐久性にも優れている点が強みです。Tenergyシリーズに比べてゴムの劣化が遅く、長期間使用しても性能が落ちにくいため、「高価だが寿命が長い」と好評です。実際、Tenergy05では半年~1年でスピン性能が低下しがちですが、ディグニクス09Cでは約2年間ほぼ性能を維持できるとの報告もあります。このように、ディグニクスは革新的な技術によってスピード・スピン・コントロール・耐久性を高次元で両立したラバーと言えるでしょう。
世界トップ選手におけるディグニクス採用状況
世界卓球連盟(ITTF)のランキング上位に名を連ねるトップ選手の多くが、現在ディグニクスラバーを使用しています。特に欧州や日本のトッププレイヤーはもちろん、中国選手にもディグニクス採用者が増えており、世界的に主流となりつつあります。以下のグラフは、主要な国・地域ごとのトップ選手におけるディグニクスの採用率を示しており、その普及の広がりが伺えます。
具体的な例を挙げると、ドイツのティモ・ボルやディミトリイ・オヴチャロフは左右両翼にディグニクスを装着しています。ボルは2020年にTenergy05からディグニクス09Cに両翼とも切り替え、その後も主力ラバーとして使用し続けています。オヴチャロフも2020年に09Cを採用し、「このラバーに乗り換えたことで対戦相手のスピンに合わせてラケット角度を調整する必要がなくなった」と述べています。日本の張本智和はフォアハンドにディグニクス05、バックハンドに05(1.9mm)を使用しており、水谷隼も左右両翼にディグニクス80を採用しています。また韓国の安宰賢や李尚洙、台湾の林昀儒などアジアのトップ選手もディグニクスを使っています。
特筆すべきは中国選手におけるディグニクス採用の増加です。中国のトップ選手は従来、自国製の粘り強いラバー(DHSハリケーン3など)をフォアハンドに使用し、バックハンドにはTenergy05や05Hardを採用するケースが多かったのですが、近年ではバックハンドにディグニクスを使う例が増えています。例えば中国の樊振东はフォアハンドにDHSハリケーン3、バックハンドにディグニクス09Cを装着しており、梁靖崑や周啓豪、林高遠といった中国選手もバックハンドにディグニクス09Cまたは05を採用しています。また許昕(旧中国代表)もバックハンドにディグニクス09Cを使用していました。さらに中国代表の一部ではディグニクス05の「プロ版」(スポンジをより硬く調整したモデル)を使用する例もあり、日本の張本智和が採用しているディグニクス05も中国代表仕様のプロ版とされています。このように、中国選手もディグニクスを積極的に取り入れ始めており、世界トップ層でのディグニクス採用率はこの数年で飛躍的に高まりました。
対照的に、かつて主流だったTenergyシリーズの採用率は低下しています。2010年代前半までTenergy05は世界中の選手に愛用されていましたが、プラスチックボール時代に入りボールの重量増やスピン変化への適応が求められるようになったことで、より硬質なディグニクスへの移行が進んでいます。現在ではTenergy05を使うトップ選手はごく一部に限られ、「プロレベルではTenergyは古い技術で性能が劣る」との声も聞かれます。例えば、台湾の林昀儒はかつてTenergy05Hardをフォアハンドに使っていましたが、近年はDignics05へと切り替えています。このように、ディグニクスは新たな業界標準となりつつあり、世界トップ選手の間で広く採用されているのです。
ディグニクスがトップ選手に支持される理由
ディグニクスがトップ選手に支持される背景には、いくつかの明確な理由があります。
- ① 高いスピン量と安定した弾道: ディグニクスは従来のラバーに比べて非常に高い回転(スピン)をかけられるため、強烈なトップスピンサーブやラリー中の強回転ループが得意な選手にとって魅力的です。特にディグニクス09Cは「今まで使った中で最もスピン量が多いラバー」と評され、摩擦抵抗が高くボールをしっかり回転させられる点が好評です。しかもそのスピン球は安定した高いアークを描くため、ネットを容易に越えつつ相手にとって返しにくい弾道を実現します。この「強いスピン+安定弾道」の組み合わせは、スピン重視のプレーヤーにとって理想的であり、実際にディグニクスを採用した選手からは「サーブやリターンの安定性が向上した」「相手の回転に悩まされずに自分のストロークを打てる」といった声が上がっています。
- ② 中国製ラバーの長所を取り入れた性能: ディグニクスは中国の粘りラバー(ハリケーン3など)の長所を取り入れている点も支持される理由です。従来、欧州・日本のラバー(Tenergy等)はボールが飛びやすくスピードは出るもののスピン量が中国製に劣る傾向がありました。ディグニクスはその欠点を克服し、「中国製ラバー並みのスピンとコントロール」を実現したと言われます。特にディグニクス09Cは表面が若干タック性(粘り)を帯びており、短いサーブやテーブル上でのスピン球でボールの飛びを抑えつつ回転を乗せられる点が評価されています。オヴチャロフ選手も「ディグニクス09Cは粘りがあるためテーブル上やサーブ・リターンでボールが速く飛びすぎず、コントロールしやすい。一方でスプリングスポンジXとの相乗効果でトップスピンを打つと高いアークを描きながらスピン量も多く、高品質なボールが打てる」と述べています。このように一つのラバーで「ゆっくりとしたスピン球」から「速いスピン球」まで幅広く打てる点がトップ選手にとって魅力的です。
- ③ プラスチックボール時代に適した性能: 2014年以降採用されたプラスチック製40+ボールは、従来のセルロイド製ボールより重くスピンの効き方も変化しました。そのため、トップ選手にはより硬質で高スピンのラバーが求められるようになりました。ディグニクスはこのプラスチックボール時代にマッチした設計とされ、硬めのスポンジによって重いボールを弾き飛ばしつつも高いスピンを与えられる点が支持されています。実際、ディグニクス09Cはスポンジ硬度44度と非常に硬めですが、その分ボールをしっかり押し込むことで大きな反発力とスピンを発生させます。プラスチックボールではスピンの差が相手のリターンに与える影響が大きくなっており、「ディグニクスに乗り換えたことで相手のスピン量の違いにラケット角度を合わせる必要がなくなり、ミスなく返球できる」ようになったという声もあります。このように新時代のボールに最適化された性能がトップ選手に選ばれる理由となっています。
- ④ 耐久性と安定性: トップ選手は日々激しい練習や試合にラバーを使うため、耐久性も重要な選定基準です。ディグニクスは前述の通り耐久性に優れ、長期間安定した性能を発揮します。またバタフライ社の技術によりラバーの性能劣化が少ないため、練習や試合で常に一定の感覚で使える点が支持されています。これは頻繁にラバー交換が発生するTenergy05などと比べ、メンテナンスの手間が減るメリットでもあります。「高価だが長持ちする」という評価が根強く、実際に採用した選手も「安心して長期間使い続けられる」と述べています。
以上のように、ディグニクスは「スピン重視」「中国ラバーの長所」「プラスチックボール適性」「耐久性」といった点でトップ選手のニーズに合致しており、その結果世界中のトッププレイヤーに支持されているのです。
中国選手がディグニクスを使う理由
冒頭で触れたように、中国選手におけるディグニクス採用も増えています。ここでは、なぜ中国選手が自国製ラバーではなくディグニクスを使うのか、その背景を整理します。
- ・バックハンド戦術への適合: 中国選手はフォアハンドには粘りの強い自国製ラバー(DHSハリケーン3など)を使い、バックハンドには比較的弾みの良いラバーを使う傾向があります。近年は中国選手のバックハンドも積極的にループやフリックで攻撃する戦術が主流となっており、バックハンド用には高スピンで弾みの良いラバーが求められています。ディグニクス09Cや05はその点で理想的で、中国選手もバックハンドに採用する例が増えました。例えば樊振东や許昕などがバックハンドに09Cを使っており、「中国製ラバーの粘りによるコントロール」と「欧州製ラバーの弾み」を両立させることで、フルカウンターやフリック攻撃の威力を高めています。実際、「中国選手はフォアハンドには粘りの強いハリケーン3が最適だが、バックハンドではハイブリッドタイプのディグニクスが第2の選択肢になる」との指摘もあります。
- ・プラスチックボール時代の適応: 中国選手もプラスチックボールに対応するため、ラバー技術をアップデートする必要がありました。従来のハリケーン3はオイル塗布(ブースティング)によって性能を引き出していましたが、プラスチックボールではその効果が薄れるとも言われます。一方ディグニクスはそもそも高い性能を持っておりオイル不要なので、中国選手にとってもメンテナンスが楽で安定したラバーとして魅力的です。実際、「プロ選手の多くはもはやTenergyを使わない。なぜならプロレベルでは性能が古く劣るからだ」という声があるように、中国選手も最新技術のディグニクスを評価して採用し始めたのです。
- ・試合での戦略的メリット: 中国選手がディグニクスを使うことには、戦略的なメリットもあります。例えば、ディグニクス09Cは粘りがあるためサーブやテーブル上でのボールの飛びを抑えられる点が、中国選手の得意な短いサーブ戦術に合致します。オヴチャロフ選手も「ディグニクス09Cは粘りがあるのでテーブル上やサーブ・リターンでボールが速く飛びすぎず、緊張していてもサーブやリターンの長さを調整しやすい」と述べています。中国選手はサーブ・リターンで相手を翻弄する戦術が得意ですが、ディグニクスを使うことでより鋭いスピン差を生み出したり、相手のスピンを吸収して自分のストロークに変えたりしやすくなります。また前述の通り、ディグニクスは相手のスピンによるラケット角度の調整が不要との声もあり、中国選手のように多彩なスピン球を扱うプレーヤーにとっては安心感があります。こうした戦術面でのメリットも、中国選手がディグニクスを採用する理由の一つです。
- ・国産ラバーとの差別化: 最後に、中国選手がディグニクスを使うことで相手に与える心理的影響も考えられます。中国選手は長年、粘り強い自国ラバーの特性を武器に世界をリードしてきました。しかし近年、各国選手も中国流のスピン戦術に対抗するため粘りラバーを使うケースが増えています。その中で中国選手がディグニクスのような新しい特性のラバーを使うことで、相手にとって予測しにくいプレーを実現できる可能性があります。例えば、従来中国選手のバックハンドはTenergy05などで弾みのある球種を返していましたが、ディグニクス09Cに変えることでバックハンドからも強烈なスピン球を返すようになり、相手の対応を混乱させる効果が期待できます。このように、戦略的な差別化としてディグニクスを採用する側面もあるでしょう。
以上の理由から、中国選手もディグニクスを積極的に取り入れ始めています。ディグニクスは「中国製ラバーの長所」と「欧州製ラバーの長所」を融合したハイブリッドラバーと言え、その性能は中国選手のプレーにも適合しているのです。
まとめ
バタフライ社のディグニクスラバーは、革新的な技術によってスピード・スピン・コントロール・耐久性を高次元で両立した新世代の高性能ラバーです。世界トップ選手の間でその採用率が急上昇した背景には、ディグニクスが持つ優れた性能とプラスチックボール時代にマッチした設計があります。特に高いスピン量と安定した弾道、そして中国製ラバーの長所を取り入れたコントロールは、スピン重視のトップ選手に大きな支持を集めています。
欧州や日本の選手はもちろん、中国選手にもディグニクス採用者が増えており、現在世界のトップ層ではディグニクスが新たな標準となりつつあります。ディグニクスを使うことでサーブ・リターンからラリーまで一貫して強力なスピン球を打てるようになり、試合での優位性が高まるという声が多く聞かれます。「Tenergy05の後継として期待以上の性能を発揮している」「中国製ラバーの良さと欧州製ラバーの良さを兼ね備えている」といった評価が根強く、今後もトップ選手の間でディグニクスは主力ラバーとして愛用されていくでしょう。
最後に、以下の表にディグニクス各種の特徴をまとめます。
ラバー名 | スポンジ硬度 | 主な特徴・評価 |
---|---|---|
ディグニクス05 | 約38度(中硬め) | 柔軟なスポンジでボールをしっかり掴み、高いスピンと速さを両立。中距離から遠距離のループに強み。Tenergy05の後継として高評価。 |
ディグニクス09C | 約44度(硬め) | 最も硬質で高摩擦。粘りを帯びた表面でテーブル上のコントロールに優れ、スピン量は最大級。「スピンとコントロールの両立」が特徴。 |
ディグニクス64 | 約38度(中硬め) | 中距離でのスピンの持続性がやや弱いものの、軽快なスイングでスピードを出せる。攻撃的なプレーヤーに適したバランス。 |
ディグニクス80 | 約38度(中硬め) | 柔軟性が高く安定した弾道。スピン量は05よりやや低いが、グリップ力が高くコントロールしやすい。幅広い層に使いやすい総合力。 |
ディグニクスシリーズはそれぞれ特性が異なりますが、いずれも「スピン重視で安定した弾道」を実現している点が共通しています。世界トップ選手の間でディグニクスの採用率が急上昇した背景には、この優れた性能とプレースタイルへの適応力があると言えるでしょう。今後も卓球界でディグニクスがどのような活躍を見せるのか、注目されます。
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